2012.05.18 Friday
樫本大進 川本嘉子 趙静 小菅優 ピアノ四重奏演奏会
BSプレミアム クラシック倶楽部 2012年5月17日
樫本大進 川本嘉子 趙静 小菅優 ピアノ四重奏演奏会
ピアノ四重奏曲 ハ短調 作品60から 第2楽章
ピアノ四重奏曲 ト短調 作品25
ブラームス作曲
バイオリン:樫本大進
ビオラ:川本嘉子
チェロ:趙静
ピアノ:小菅優
[東京・紀尾井ホールで収録]
樫本大進
1979年生まれ。日本人バイオリンイストであり、ドイツ在住で妻はマリンバ奏者の出田りあである。
父の転勤先であったロンドンで生まれる。3歳からバイオリンを始め、恵藤久美子に師事する。再び父の転勤により、ニューヨークへ移り、7歳でジュリアード音楽院プレカレッジに入学し、田中直子に師事した。
1990年、11歳の時にリューベック音楽院で教鞭を執っていたザハール・ブロンに招かれ、リューベックへ移り、ドイツのジムナジウムに通いながら同音楽院の特待生としてブロンにバイオリンを師事した。同年、第4回バッハ・ジュニア音楽コンクールで第1位を獲得し、以後、リビンスキ・ヴィエニヤフスキ国際コンクール・ジュニア部門で第3位(1991年)、ユーディ・メニューイン国際コンクール・ジュニア部門で第1位(1993年)、第3回ケルン国際バイオリン・コンクールで第1位(1994年)をそれぞれ獲得した。1995年、日本でアリオン賞をを受賞した後も、1996年、フリッツ・クライスラー国際コンクールで第1位、ロン=ティボー国際コンクールでは、史上最年少で第1位を獲得した。1997年10月、ギムナジウム高等課程を修了し、リューベック音楽院に正式に入学した。1998年、芸術選奨新人賞(音楽部門)受賞。1999年、19歳までブロンに師事したが、フライブルク音楽大学に移り、ベルリン・フィルのコンサートマスターを務めていたライナー・クスマウルに師事する。また、同年、ニューヨークのソニー・クラシカルとレコーディング契約を結び、デビューアルバムが発売された。2002年、NHK大河ドラマ「利家とまつ」の音楽でバイオリンを担当した。2004年、パリとウィーンでメンデルスゾーンのもう一つのバイオリン協奏曲である二短調を演奏して話題となった。
1996年12月、フォーバルスカラシップ・ストラディヴァリウス・コンクールで優勝し、1697年製ストラディヴァリウス「レインヴィル」の2年間の貸与を受けた。1998年、日本音楽財団から1722年製ストラディヴァリウス「ジュピター」の貸与を受けた。
2005年春に音楽院を修了し、本格的なプロ活動に入った。同年、日本でリサイタル・ツアーを行った。日本でのマネージメントはジャパン・アーツと契約している。
2007年秋、幼少一時期を過ごした兵庫県赤穂市において、市民手作りの赤穂国際音楽祭〜LePont2007~を開催、音楽監督を務める。
2008年3月、マリンバ奏者の出田りあと結婚。
2009年9月、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団第1コンサートマスターに内定。
2010年12月、ベルリン・フィryハーモニー管弦楽団第1コンサートマスターに使用期間を経て正式就任。2011年5月、CHANGEMAKERS OF TFE YEAR 2011 クリエーター部門 受賞。
川本嘉子
3歳より才能研究会にてバイオリンを始める。桐朋学園子供のための音楽教室、桐朋女子高等学校音楽科を経て、同大学に入学。これまでに、バイオリンを江藤俊哉、鈴木愛子、室内楽を末吉保雄、原田幸一郎に師事。
在学中より学内の演奏会に数多く出演。1989年、第6回東京国際コンクール室内楽部門にてイグレック・クァルテットで優勝。1989年、1990年にはタングルウッド音楽祭に招待を受けて参加。Grace B.Jackson賞を受賞。1991年東京都交響楽団への入団をきっかけにビオラに転向。1992年ジュネーヴ国際コンクール・ビオラ部門で最高位(1位なしの2位)入賞。翌年東京都交響楽団の定期演奏会にコンチェルト・デビュー。その後アメリカのマールボロ音楽祭、スイスのダボス音楽祭、東京の夏音楽祭、霧島音楽祭などに参加。その他、内外のアーティスト達との交流えを果たし、次代を担うスケールの大きなビオラ奏者として期待と注目を集めている。1995年11月「新日鉄コンサート」、第59回プロミング・アーティストシリーズでのリサイタル、またチェンバロの中野振一郎とのデュオ等が注目される。1996年村松賞受賞。1997年には、優れたビオラの作品を発掘し積極的にレパートリーに取り入れている姿勢や、様々な演奏家達との室内楽活動が評価され<第7回新日鉄音楽賞・フレッシュアーティスト賞>を受賞。また同年7月から、リサイタル・シリーズ「HASEKO CLASSIC SPECIAL/川本嘉子ザ・ヴィオリスト」が、カザルスホールで一年間にわたり行われ、いずれも好評を博した。1999年には東京都交響楽団首席奏者に就任。1989年から京都アルディ弦楽四重奏団、2001年からAOIレジデンス・クァルテットのメンバーとしても活躍しており、2000年には指揮者/ピアニスト、チョン・ミョンフンの提唱する「セブンスターズ・ガラ・コンサート」にも参加し、日本・韓国公演を行い話題となった。2003年7月にも再び共演し、「臨機応変、他のパートに寄り添いつつ、しっかり支えたビオラの川本は達人」(朝日新聞・白石美雪氏評)との評価を得た。2002年6月には、東京都交響楽団を退団し、ソリスト及び室内楽奏者として、国内はもとより国外においても、より幅広い舞台で活躍している。
趙 静
1978年北京生まれ。5歳よりチェロを始め、1998年、東京音楽大学附属高校に留学生特別奨学生として入学し、2002年3月に東京音楽大学及びベルリンのカラヤン・アカデミーを卒業。第2回ビバホールチェロ・コンクール第1位を受賞し、2005年9月にチェロのコンクールでは、難関で知られるニュンヘンARD国際コンクール第54回チェロ部門で第1位受賞。併せて新作の優れた解釈に与えれる賞及び聴衆賞も受賞。世界から公演のオファーが殺到しており、2006年の彼女の動向が注目を集める。小澤征爾、ヨーヨーマ、ロスとロポーヴィチ、などの大物演奏家とも非常に親交が深く、次世代のチェリストの筆頭に上がってくるチェリストである。
1998年大阪フィルハーモニー交響楽団、読売日本交響楽団を初めとするオーケスオラや小沢征爾と共演。大好評を博す。
2005年9月、ミュンヘンARD国際コンクール第54回チェロ部門で1位受賞。このコンクールは、1位が4回しか出たことがなく、ドイツ人しか優勝者がいなかったのが、アジア人で1位は、史上初である。
大陸の豊かな大地を思わせるスケールの大きな弓、安定した技巧、天性の音楽性で聴く者を驚嘆させ感動させる、既に一流の演奏家の風格を備えた若きチェリストである。
堀了介、ゲオルク・ファウスト、マリオ・ブルネロ等に師事。ベルリンのハンス・アイスラー音楽院にてダヴィド・グリンガスに師事している。今、一番、大注目のチェリストである。
小菅 優
1983年東京生まれ。東京音楽大学附属音楽教室を経て、1993年よりヨーロッパ在住。
9歳よりリサイタルを開き、オーケストラと共演。ヨーロッパで研鑽を積みながら次々と演奏活動を重ね、その足跡はベルリン、ハンブルク、ニュンヘン、ウィーン、ザルツブルク、パリ、アムステルダム、ブリュッセル、チューリッヒ、モスクワ、アメリカなど、年に40カ所以上に及ぶ。
これまでに、国内主要オケをはじめ、ベルリン響、フランクフルト放送響、ハンブルク北ドイツ放送響、ハノーハー北ドイツ放送響、南ドイツ・フィルハーモニーコンスタンツ、サンクトペテルブルク響、フランス国立放送響、ポーランド国立放送カトヴィツェ響、シンガポール響などと、また、小沢征爾、大植英次、シャルル・デュトワ、ルドルフ・バルシャイ、デニス・ラッセル・ディワイス、グルト・アルブレヒト、アレクサンドル・ドミトリエフ、オスモ・ヴァンスカ、ローレンス・フォスター、エリアフ・インバル、ヤツェク・カスプシク、クリスティアン・アルミンクなどと共演している。
2005年にはサカリ・オラモ指揮フィンランド放送響との全国ツアーを行ったほか、11月にニューヨークのカーネギーホールでデビュー・リサイタルを行い、高い評価を得た。
2006年には,ザルツブルク音楽祭で日本人ピアニストとして2人目となるリサイタル・デビューを果たした。西村朗が小菅優の為に書いた「カラヴィンカ」を世界初演したことでも話題を呼んだ。また、2008年にはサー・ロジャー・ノリントン指揮/シュトゥットガルト放送響日本ツアーにソリストとして出演した。同年、NHK交響楽団定期ではタン・ドウンのピアノ協奏曲「ファイア」を作曲者自身の指揮で日本初演した。2009年には水戸室内管定期演奏会で小沢征爾と再び共演している。